キリスト教学校教育バックナンバー
第95回総会 シンポジウム発題
山形学院の苦悩・共に担う学校づくりへ
北垣 俊一
今日、キリスト教学校教育同盟加盟校の中で多くのキリスト教学校がその建学の精神やキリスト教教育の担い手、後継者問題で危機意識を持たざるを得ない状況にあると思う。本校も県庁の所在地とはいえ、人口約二十五万人の東北の地方都市、山形市にあるキリスト教学校として建学の精神、キリスト教教育を担うべきキリスト者教師の採用、確保には大変きびしいものがある。キリスト者や非キリスト者の教職員がその課題を共有し、どう取り組むかの課題がある。
本校は来年二〇〇八年(平成二十年)、創立百周年を迎えるが、キリスト教学校として創設されたものではない。一九〇八年(明治四十一年)、森谷たまという女性教育家によって創設された。森谷さんは仏教徒であった。その学校創設の理念は定かではないが、男尊女卑の強い山形県で女子の社会的自立のために裁縫伝習所として始まった学校である。その五十八年後、一九六六年(昭和四十一年)、時の校長が将来の社会動向を睨んでキリスト教学校転換への決断をした。転換以後、理事者側がキリスト教学校形成のために、その教育を担うべき教職員にキリスト者を積極的に採用するとか、その育成にどう取り組んできたかは明確ではないが、当時もキリスト者教師の採用、確保は難しかったのであろう。
現在、教職員数は教員五十四名、事務(業務を含む)職員十一名、計六十五名。その中でキリスト者は教員六名、事務一名である。ここ三年間、七名の教員の新採用をしたが、キリスト者教師は一人も採用できなかった。教員五十四名中、四十五~五十七歳が三十名いるが、キリスト教徒は五十代に二名だけである。中堅教員層の実状は深刻である。将来のトップを担う人材にも影響が及ぶ。いずれにせよ地方のキリスト教学校でのキリスト者教員の確保は今後もきわめて難しい。
キリスト教教育を担う課題は、その学校法人に勤めるキリスト者、非キリスト者を問わずすべての教職員が共に負うべきものである。とは言え、一定数のキリスト者教職員の存在は不可欠である。数少ないキリスト者教職員が積極的な担い手となるとともに非キリスト者教職員がどれだけ自覚的な協働者となっていくかが鍵となる。そのための学内体制確立には学内トップの強いリーダーシップが重要である。現在、本校は非キリスト者教師の大きな協力を得て、建学の精神を共有しキリスト教教育にしっかり取り組んでいける環境にある。
キリスト教学校教育の将来を担う人材養成に向け二つのことを強調したい。
①教派を問わずキリスト教会の青年層への強い働きかけ、伝道が必要である。
青年期にキリスト教に触れ、その信仰に導かれ、将来、教育者を志す有為な人材を発掘し、キリスト教学校の教職への道を選ぶ人材を生み出すことである。しかし残念ながら私の所属する日本基督教団の教会の多くは高齢者の信徒によって占められ、高校生を含む青年層の姿が見られない。教会そのものが危機状況にある。山形の場合も同様である。その現状から考えると、キリスト教学校で学ぶ生徒、学生への伝道的な働きかけが重要である。合わせてキリスト教学校が教会と緊密に連携し、協同して後継者養成を目指すべきである。
②既に活動を開始している同盟の後継者養成プロジエクト委員会の取り組みを推進していくこと。キリスト教大学に進学したキリスト者学生の中から、将来キリスト教学校の教員になろうという使命を持った人材を掘り起こし、その志を固め、キリスト教学校の教職の道を開いていくことである。同盟傘下の各大学が積極的に、本格的にプロジェクト委員会の働きを受けとめ、同盟あげての支援協力体制を確立していくことが望まれる。
〈山形学院高等学校校長〉
キリスト教学校教育 2007年7月号5面