キリスト教学校教育バックナンバー
パネルディスカッションのまとめ
越川 広英
夏期研究集会二日目。午前のパネルディスカッションは、本田栄一委員の司会により、まず三名の方の発題から始まった。発題者は、今回の研究集会の主題である「キリスト教学校だからこそできること―確信を深く、協力を広く」を踏まえながら、それぞれの学校の現場における活動と課題について発題を行った。
まず榮忍氏(とわの森三愛高等学校・宗教主任)からは学校のルーツとこれまでの歩みの概要の紹介があり、次いで学校礼拝と聖書科などのキリスト教教育の実態についての発題がなされた。礼拝は五十分間の時間をとり、週報の発行、「礼拝ノート」による生徒からの感想を受けとめる取り組みなどがなされているという。また年間を通してのキリスト教教育の一環として、一年生の各クラスが近隣の諸施設で清掃奉仕などを通じて行う「愛の実践活動」についての紹介があったが、この活動はクラス形成にとっても有意義なものとなっているという。榮氏によれば、キリスト教学校におけるキリスト教教育の位置づけとは、直接に信仰者を生み出すためというより、キリスト教的なものの見方・考え方を知ってもらうという「種蒔き」的なものではないかと述べた。
北垣俊一氏(山形学院高等学校・校長)もまた学校の歴史に触れた後、昨年後半に新築された礼拝堂(千人収容)での学校礼拝の様子について報告された。それまで体育館で床に座って行われていた礼拝とは異なり、礼拝するという意識と雰囲気が自然と生まれ、生徒の中からも「建物が人を造るんですね」という感想が寄せられたという。生徒と教職員が全員参加して毎日持たれるこの礼拝が学校形成の基本となるということを北垣氏は強調した。山形では公教育中心という意識が強く、私学は補完的存在のように見られる傾向があるが、そうした中でキリスト教主義に立つ建学の精神を堅持し、私学の存在の意義を明確にするためにも、キリスト者の教職員とそうではない教職員との協力、また地域の教会との密接な協力が必要であることが語られた。
松田和憲氏(関東学院大学教授・宗教主任)は大学におけるマスプロ化の現状などのもとでいかにキリスト教教育を進めるかについて発題された。関東学院の場合も、ある時期にきわめて「世俗化」の進んだ状態から、近年礼拝の充実、(一部の学部における)キリスト教科目の必修化などをはじめ、キリスト教学校の特色を打ち出すさまざまな取り組みが行われてきたという。学生を礼拝に招き入れるための音楽、講師、その他の工夫、またクリスマスやコンサート等の特別行事を活用することなどが語られた。さらに学生たちがこの学校に入って良かったと思えるような意識の形成、また自立への手助けのために学校側がなすべき気配りとその積み重ねの必要、「人格形成」と「学力向上」という大学教育の二本柱を共に具現化する必要が、キリスト教的な建学の精神との関わりの下で述べられた。
この後、フロアを交えた討論に移ったが、三名の発題に共通する点として「礼拝の重視」と「キリスト者の教職員とそうでない教職員の協力」に関心が集まり、それぞれの学校現場での実状や課題が報告されると共に、具体的な対応や工夫についても経験を分かち合い、熱心な話し合いが行われた。
〈同志社大学キリスト教文化センター専任教員〉
キリスト教学校教育 2006年10月号3面