キリスト教学校教育バックナンバー
自分で自分を監督し、役に立つ善人となれ
内村 公春
大都市圏とは違い、地方においての少子化の進行は急速である。さらに公立優先の土壌が、その厳しい状況を加速させている。そしてその結果、学則定員を下回る私立学校の数が次第に増加するという厳然とした事実を突きつけられている。このような状況の中、あらためて建学の精神による教育の原点に立ち返る必要性を感じている。
昨年末、ある卒業生との悲しい別れがあった。ちょうど二十年前に担任した卒業生だった。小さい頃から持病があり、大学卒業後は商売をしている家の手伝いをしていた。そして入退院を繰り返すこともしばしばであった。しかしそんな中、後に結婚する看護士さんとの出会いがあり、また新たな夢も見つけることができたのである。それは自分のような体の弱い人、障害を持つ人のリハビリの手伝いをしたいという夢だった。そのため三十五歳の時、その資格をとるための専門学校に入学した。当然ながら、はるか年下の同級生と共に学ぶ生活となったが、持ち前の明るさと円満な人柄で、リーダーとしてクラスをまとめ、イベントを企画し、楽しい学校生活が送れるよう心を砕いた。そんな彼に、若いクラスメイトは全幅の信頼を寄せ、ついていった。しかし、残念ながら昨年末病気が再発し、志半ばで天国に召されたのだった。葬儀には、大晦日であったにも関わらず、中学や高校・大学時代の友人たちとともに、現在のクラスメイトたちも数多く参列していた。そこで誰もが語っていたのが、彼の優しい人柄とともに、三十代後半になって人のために尽くしたいという新たな夢に向かって挑戦した、その前向きな姿勢の素晴らしさであった。彼の夢が実現しなかったのは心残りなことではあるが、参列した人たちの心には、彼のそんな姿勢が強く残ったはずである。そしてそんな彼の夢には、おそらく中学・高校で毎日聞いた礼拝での話、また聖書の言葉の強い影響があったと思っている。
二年前の夏、九州学院の創立者の一人、初代の遠山参良院長から直接学んだ最高齢の卒業生に話を伺う機会を持った。当時百三歳であったがとてもお元気で、その当時の貴重なエピソードをお聞きすることができた。特に、遠山先生の教えで一番覚えていることとして、「自分のことは自分でせよ」ということ、さらに「世の役に立つ人になれ」といつも言われていたことを、はっきりと語っていただいた。実はこの言葉は、現在、九州学院の「敬天愛人」という校訓とともに「自分で自分を監督し、役に立つ善人になれ」という教育目標として存在している。
私学を取り巻くこの厳しい状況のうねりの中で、キリスト教学校として存在意義を発揮するのは、そこで学ぶ生徒たちそれぞれの姿であり、またここから巣立っていった数多くの卒業生の姿である。そのことを見失うことなく、地味ではあるが日々の教育に、「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして」、これからも取り組みたいと考えている。
〈九州学院院長、中学校・高等学校校長、同盟広報委員〉
キリスト教学校教育 2006年5月号1面